2015年05月19日

東北に行ってきました。(被災地&図書館)

             5月14日(木)〜17日(日)
       台風の影響も受けず、4日間の旅を終えることができました。
            新緑と藤と山ぼうしの初夏の山々に迎えられました。

■14日(木)       午後。仙台から列車で多賀城市へ。
           駅前では図書館を含む再開発工事真っ只中。大きなマンションも。
         多賀城駅北地区第一種市街地再開発事業施設建築物新築工事(A棟)の
               設計/監理はriaとの看板。
              夕方。仙台に戻る。せんだいメディアテークへ。
              (最初の訪問は開館3年後の2004年。)
              大震災では書棚などが倒壊した写真展示あり。
            本来の図書館ならば、刻まれた時間を感じるところ。
             ああ、ここは図書館ではないのだと改めて思う。
                 反面教師として学んだことを
                 これからの活動に生かさねば!
            ・・・道路の「営業ごみ袋」、「資源物・家庭ごみ集積所」にも
               注目しました。「ワケル君」は元気かしら? 
■15日(金)    午前。福島県に隣接する山元町へレンタカーで。
               ひっきりなしに行きかうダンプカーには
               「海岸防災林復旧工事 林野庁 ○○建設」と。
                  「被災写真返却会場」の
                  引き取り主を待つ写真。
             震災を経た、一枚一枚に、全国からも延べられた手と手。
                   山沿いの仮設住宅も
                    4年目に入った。
                  山を削って、住宅建設が進む。
              海を、住民の声をさえぎって、防潮堤が造られる。
                   復興は誰のためのものか。
                現地に立ち、声を聞くことではっきりする。
               復興税を払う国民としてこころすべきことである。
              自らの体験を記録にとどめ、伝えたいと立ち上がった
                人たちの生の声をききながら、つい長居した。
                 浜街道に多重防潮道路は不要・キケンと
                   掲げた掲示板は朽ち初めている。
                 が、民意はしっかり根付き動いている。
                  次回はゆっくりお話を聞きたい。
                   ここで行きかうトラックには
                「戸花川災害復旧工事(その3)○○(株)」。
              「中浜小学校」跡地へ。「津波浸水ここまで」と
                  体育館2階の屋根近くに掲示。
                「平成元年3月定礎」は海を背にした壁面に。
                  次は福島へ。まず南相馬に向かう。
                  信号灯には「浸水区間ここまで」の表示。
                    南相馬市図書館を訪問。
               願いがかない、ゆっくり過ごさせていただきました。
                      貴重な資料
              「としょかんのTOMOみなみそうま7年のあゆみ」には
                  豊橋まちなか図書館計画への
                    ヒントがいっぱいです!
                   車をさらに進ませました。
                   行きかうトラックには
            「南相馬市生活圏除染事業 除去土壌及び廃棄物収集・運搬車」
                   ○○工務店と掲げられています。
                全国規模に事業拡大していることが伝わります。  
                    図書館敷地内にあった
                   放射線測定器0.208μSv/hの
                 毎日の暮らしの中の静けさが痛ましい。
             「東日本大震災津波浸水区域 ここから」の看板下を通過
                     さらに6号線を進む。
                     「帰宅困難区域」
                自動二輪車、自転車、歩行者は通行不可。
                     車の窓を閉めたままで             
                浪江町から双葉町へ。そして戻る私は思う。
                 このまちに戻れぬ人たちのことを思う。
                 このまちの止まった時間のことを思う。
             もやがかかっている。菜の花プロジェクトが目に飛び込む。
               天災地震と人災原発震災の過酷な時間の中に
                     私が居たのは数分のこと。
                    「浪江町除染車両 ○・○JV」
                  発注者 環境省福島環境再生事務所」の車の
                       後を走る。
               このまちの人たちの、これまでの命の流れが断たれた上に、
                  これから先、私たちの忘却が加速すれば
                    私たちの「いのち」はない。
                 「火の用心」の、のぼり旗が立っている。
                 連日、紙上の平和×戦争から目が離せない。
                私が見たこと聞いたこと思ったことを伝えたい。

■16日(土) 朝。石巻に向かう。温室団地が続く。復興農政の施設団地。
                  農業は持続性からかけ離れた。
              「土地区画整理事業  宅地造成工事」の大看板。
                小雨の中を、釜谷の小川小学校へ向かう。
                新北上大橋のたもとの三角地帯で被災した
                     小学生と先生たち。
                  校庭の2ヶ所の記念碑の前に立つ。
                私たちの先にも後にも、訪ねる車は続いた。
               ここを訪れることで忘れてはならないことを直視できる。
                     そう伝え続けたい。
              昼過ぎ。雨が上がり始めた。女川原発のまちへ。
             港の高台の病院では玄関先まで津波が着いたとの表示に驚く。
              写真展示を見て、さらに詳しい情報を得ることができた。
                 復興喫茶店では貴重な資料を入手できた。
                   続いて石ノ森漫画館の見える海辺へ。
                  「石巻市復興まちづくり情報交流館」で
                   記念に着物リメーク作品を手に入れる。
                 ここでは日経新聞で連載中の小説の舞台に重なった。
 
■17日(日) 朝。松島の瑞巌寺参拝。ゆっくり過ごす。
        港近くのこけし店で製造過程を見学。店の中まで津波が来たと聞く。
        昼。仙台市内の知人の車で青葉区の定義如来(西方寺)へ。
          名物の三角あぶらげと味噌おにぎりとこんにゃくを
          人だかりに負けじと、夢中でいただく。
       午後。秋保の大滝へ。新緑の際立つこと。秋にも訪れてみたい。
・***・今回の旅は私的な区切り3つの記念として、また、4年目の被災地に学ぶことを願って東北へ。宮城県と福島県の図書館情報を、3館で得ることができたことは幸いでした。         


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posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム
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