2002年10月21日

夜空に星がきらめくように

   真昼の空にも星が在ると 
   さうおもふ想念ほど
   奇異に美しいものはない  
   ・・・・・・・・・
   丸山薫 「美しい想念」より

 豊橋自慢のひとつである、「丸山薫賞」の第9回授賞式が今日午後、市内で行われました。今年は、「思い川の馬」(槍田清太郎/槍は金偏です)が選ばれました。毎年この時期に東西の現代詩人の皆さんが豊橋に集まられます。今年は、岩瀬正雄先生のお姿が見えず、寂しく思いました。岐阜県の養老からいらした冨永覚梁先生から、11月2日、大垣で開かれる詩の朗読会のご案内をいただき、会の後、ひとしきり本や詩の朗読について話し合いました。12月8日、中央図書館で行われる「としょかんまつり」では、今年も「詩の朗読リレー」を楽しむことになっています。
 高師緑地の真ん中に、この「美しい想念」の4行の詩碑があります。緑地とこの詩碑もまた、私たちの豊橋自慢です。今年は丸山薫賞授賞式に先だち、とても運のいいことがありました。秋の初め、久々に入った市内の古書店で、昭和23年初版丸山薫 詩集「花の芯」(創元社刊)を見つけたのです。こおろぎの音も途絶えた秋の夜長、詩や本の一人朗読を楽しむのにぴったりの夜が続いています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月19日

祭りが続くまち

 今日、明日は豊橋まつり。午後5時からホテルアソシアで議員互助会の主催による夕食会、続いて6時半から駅前大通りでの市民総おどり参加団体激励にでかけることにしています。
 先週は町内のお祭でした。私の住む「東栄町内会」は、市営住宅があるため、大きな公園があります。そこで繰り広げられる花火大会や餅投げ、周辺4町の神輿の練り歩きなど、年々賑やかさを増し、参加する若者も増えてきています。今まで私は、この時期、東京での財政合宿と重なり祭の熱気を浴びずに過していましたが、今年は初めて花火に歓声を上げ、楽しみました。
 一昨日の夜、岸和田市のだんじり祭の模様がテレビ放映されていました。私が以前視察したまちでもあり、大変お世話になって思い出が残っていましたので、力をいれて最後まで見てしましました。2千万円ちかい高価なだんじりにかける壮年世代と、まだ子ども時代のおはやしの音を忘れない青年たち、そしてまちづくりへの意気込みをかけ、10代、20代の仲間への橋渡しを願って繰り広げられたドラマは、心打たれました。あったんです!大切なものがここに。あちこちから聞こえてくるお囃子の音とともに、復活しつつある、直接的な人と人のつながり。お祭を通して見えてくる。
 豊かさとは、手をかけ、時をかけ、声をかけること。お金ではないことが、このデフレを機会に、やっと、少しずつ、語れるようになってきました。これは、私たちが、地域活動で、何よりも大切にしてきたことです。
 今年の豊橋まつりでは、どんな楽しみが待っているでしょうか。では、今からお祭会場へ、行ってきます。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月17日

43年前のみっつの約束

 1.日記をつけること。
 2.窓を開けること
 3.背を伸ばし、爪をならさないこと。 
 これは、日吉小学校6年星組の木村先生との約束です。その時以来、私は忘れる事なく、無理なく、この約束を守ってきました。本を読むことを大切にされ、私たちは、競って図書館に詰めたものです。
 当時の私の通っていた小学校には、育友会(なんて素敵な会名でしょうか)雇いの、図書館のお姉さんがいて、何でも相談(今で言うレファレンス)にのってもらっていました。学芸会(今は学習発表会。それもなくなりつつあるとか。総合学習の最たるものなのに!)の出し物を自分たちですべて作り上げる。音楽、踊り、衣装、大小道具などのヒントを図書館で探る楽しみは、今でも生き活きと思い出せます。
 木村先生は理科が専門でしたから、実験も手作りの道具などで、工夫しながら取り組みが続きました。日食の日に、電球を並べて、その明暗を自分たちで確かめた日のわくわくした気持ちも生き続けています。ノーベル賞の田中さんの、郷里富山の小学校の先生のコメントを新聞で読みましたが、私の思い出の木村先生とうれしく重なりました。学校が生き活きしていた時代。昭和20年代終わりから30年代の初め。敗戦後のまちづくりへの息吹あふれる時代に多感な子ども時代を過したことは、本当に幸せなことでした。
 40年以上私の中で持続してきた、このみっつの約束に加え、私は30年の家庭文庫、20年のまんまの会の活動を持続・参加する中で、自分に約束してきたことがあります。無理せず、自然体で、楽しむこと。活動を継続できる環境に置かれたことを常に感謝しつつ。
 今朝の新聞のトップ記事は、<教育基本法に「愛国心」>中教審の中間素案が初て教育基本法の改正の具体的な内容に踏み込んできました。ゆっくり思い出に浸っているわけにはいかなくなりました。歴史に学ぶまでもなく「教育の危機」です。敗戦後の民主化教育の、一番素晴らしい時代を過した私たちの世代が今、声を上げなくては!「新しい時代にふさわしい教育の理念となる基本法」を、改正案は目指すとのことです。いったい、新しい時代とは?大いなる議論が必要です。私達って議論することが好きな世代ではありませんか?
皆さんのご意見、どうぞお寄せください。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月15日

20年後は市議会議員?最年少のボランテイアと市役所へ

 「おなかがすいたー」を連発する、みいちゃんは、毎週火曜日、ふれあいセンターでお仕事をするお母さんと一緒にボランテア体験中です。10時きっかりにセンター到着。私は午前中は市役所へ出掛けることになっていましたので、みいちゃんに同行を依頼したところ、快諾を得て、出発です。 
 まず、駅西の友人宅へ。介護保険対象の特定15疾患のひとつを患う友人を自宅に見舞ったあと、市役所へ。午後に私は市内南部で開かれる「ミニ集会」に招ばれており、防災のまちづくりや幼稚園・保育園の耐震対策、国立・市民病院跡地問題などの報告を求められていました。それらの最新情報を得るため、1時間かけて、議会事務局、市民会議の控え室、広報課、秘書課、防災対策室、児童福祉課をまわりました。12時を過ぎ、さすがの彼女もバテ気味。地下の売店でご褒美のヨーグルトを買って、手に持たせ、少し気分転換をして、最後に情報ひろばへ。表紙の絵につられて、みいちゃんが手にしたのは、納税のしくみの冊子や、岡崎のピーターラッビト展のちらしなど。「今日はお仕事だからね。」と言い聞かせて、広い庁内を動き回るうち、階段のてすりが幼子にも役立つことを発見。
 20年後には、みいちゃんも市議会議員にならぬとは限りません。廊下で出会った議員仲間にそう紹介すると、「へえー、そんなに長く渡辺さん、議員やるの?」と言われてしまいましたが。
 今、私たちが基本構想で取り組んでいるのは、10年、20年後の豊橋のまちづくりを見据えてのこと。今4歳のみいちゃんが、大人になって、まちづくりへの、いっそうの力を発揮してくれることを願わずにはいられません。
 そもそもみいちゃんとの出会いは、「まんまの会」に始まります。家庭館を中心に活動する、子育て自助組織で、来年は20周年を迎えます。私たちが20年前に必要と考え、試行錯誤しながら取り組んできたこの活動が、今の時代にますます必要とされています。
 20年を見据え、責任をもって市民活動することを、まんまの会を通して、具体的に実感することができます。今も現役のお母さんたちに求められ、現役のお母さんたちが中心になって、積極的に活動が展開されるのを、まぶしく見守りながら、この流れを続ける限り、私たちは、子どもの幸せを見失うことはないと確信しています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月12日

平和は一人の声から:イラク・カーター・GPC

 アメリカ議会がイラクへの武力行使決議をする、阻止のためのメールを!の緊急要請が関西の友人から配信されてきたのが、9月28日。グローバルピースキャンペーン(GPC)である。早速私は、「Don't kill kids! Do keep peace! We Japanese mothers don't support American invasion of Iraq.」(子どもを殺すな!平和を守れ!日本の母親は、アメリカのイラク侵略を支持しません!)のタイトルを付けてアメリカへ送信し、MLを持つ友人にも要請した。早速アメリカの連邦国会議員の事務所からの返信が、9月29日から10月1日で12通届き、成り行きを注目していた。
 10月12日、米議会の上下両院がブッシュ大統領に対してイラク攻撃の権限を与える決議を採択したとの報道。迎え撃つかのように、ノーベル平和賞がカーター元大統領に決定の報。受賞理由が、「ブッシュ政権の対イラク政策批判」ときた。インタービューに答えたカータ氏は「イラク武力行使決議に、自分なら反対した。」と答えている。
 この間の新聞記事を切り抜きながら、私は涙が止まらない。昭和21年生まれの私は生活の場が戦場になった経験がない。私には20代の息子がいる。1970年代。この子が子どもの頃、自衛隊のパレードに出くわしたことがあった。異様な雰囲気を子どもは敏感に感じ、しがみついてきた。私はしっかり抱き締めながら、私に男の子が授かった以上、この子を絶対「戦争」の場に送り出さないと決めた。その数年前には、国民総背番号制の問題も浮上していた。この子が成人したとき、徴兵制が始まってはと、不安がよぎったこともあった。
 その不安が今、アメリカで、そして日本で、現実のものとなりつつある。住民基本台帳ネットワークシステムである。この「住基ネット」にも、これから反対の声をあげて行きたい。(*講演会のおしらせが最後にあります。)
  今回私が米連邦議会へ送った平和への「ひとプッシュ」で、ブッシュ政権がビクともしなくても、時の声を上げることは、だれでもできる。平和のための「一人の力」の偉大さをもっと認識する必要がある。一方で戦争を進める「一人の力」の脅威。ヒットラーから学び続けるドイツから、私たちもまた、学び続けねばならない。
 一人の声が、命の声となったとき、平和の声になることを、今日ほど感じたことはない。私たちにもできることがある!確信持って、平和のための一声を、一人ひとりに伝え続けていこう。

*住基ネットに関する講演会にご参加を!
  と き:11月7日(木)18:30より
  ところ:駅前文化ホール 10階
  講 師:杉浦英樹(日弁連情報問題対策
      副委員長)
  資料代:300円  
  主 催:戦争と平和を考える市民の会


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月11日

野の花が飾られたテーブルで

 飯田市、浜松市と豊橋市の女性団体の交流会が、ライフポートの女性会館でありました。それぞれのテーブルには、嬉しいことに秋の野の花が活けられていました。女性会館の男女職員の皆さんによるものと知り、そのもてなしの心を嬉しく思いました。
 飯田市では、婦人会を中心とする活動から、新しい形態への模索が続けられています。浜松市では、市の職員が配置されている公民館で、環境、福祉を中心とするネットワークが進んでいます。豊橋市の公民館は、家庭館がひとつあるのみ。市民館では貸し館的な活動や、高齢者対象の趣味の講座などは盛んです。しかし乳幼児や、子どもたちが自由に活動できる場としては限界があり、今後の課題と言えます。今日の交流会に豊橋から参加したのは、豊橋女性団体「連絡会」の皆さんです。他都市では「協議会」として、環境や福祉の課題に取り組みが進んでいます。今後豊橋がどのような女性活動のネットワークになるのか。飯田や浜松の皆さんの活動から学ぶ点も見えてきました。
 来る11月17日に女性会館で、第16回男女共生フェステイバルが開かれます。豊橋女性団体連絡会が中心となって、年に1回行う行政との共働事業です。今年は辛淑玉(しん・すご)さんの講演会(ライフポート:11:00から12:30)をはじめ、盛りだくさんな企画があり、男性の参加がおおおいに期待されます。豊橋は豊橋なりに、一年一年、経験を積み重ねて、今、新しい視点に立とうとしていることを感じます。
 去る10月5日、6日の両日、市役所を中心に開かれたフラワードリームIN TOYOHASHI(ジャパンフラワーフェステイバル継承事業)では、豊橋産の花々の香りいっぱいでした。私は豊橋が花の里であることを誇りに思っていま。その花が拡がるためにも、豊橋の豊かな自然が育む「野の花」に注目しています。「農の花」とのドッキングで、農具や生活の中にある容器に、野の花を活ける楽しみを拡げて来られた方があることも知りました。花を楽しむ原点は野の花にあり。
 テーブルの野の花は、さわやかな風もいっしょに運んできていました。ヨーロッパでは、朝一番に、野の花を摘んで贈るのが、一番の贈り物とか。アルプス山脈の下でエーデルワイスを摘むイメージが私の中では拡がります。今日のテーブルの野の花は、しっかり水を吸い上げ、凛としていました。まぎれもない豊橋の野の花。飾らず飾る。切らず切る。絶えずに絶える・・・。野の花から、見えてくるのは、活動団体の世代交替やそれぞれの役割です。新しい力の誕生を予期できた集いでした。
 追記:花といえば、先頃、杉山町では、「杉山の花」と名付けた会が活動を始めると聞きました。環境問題について、自分たちの町からまず始めようと。杉山では、住宅団地化が市の肝入りでどんどん進められる一方で、産廃(今の時代に安定型とは、非常識な!)や市の最終処分場問題を抱えています。緑豊かな田園地帯から、「花」の皆さんの今後の活動にエールを送りつつ、注目しています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年10月06日

手で結ぶ:おにぎりとお手玉

 10月5日(土曜日)午後、金木犀の香りを楽しみながら、自転車で公会堂へ。豊橋生と死を考える会発足準備会(ラムズイヤーグループ)の皆さんによる、「食はいのち」ー生活の基本ですーと題して、佐藤初女(さとうはつめ)さん(「森のイスキア」主宰)の講演会があった。81歳になられたばかりの初女さんは、ゆったりと、ゆっくりと、90分にわたって、朗々と話された。食べ物を介して、どんなに人間関係が豊かになるか。ごはんをしっかり食べること。手を使った食事で心が伝わること。話されたことは、分かりやすいことばかり。大切なのに、いつも忘れがちです。でもすぐに誰でも、気持ちがあれば実行できることを、具体的な出会いのエピソードとともに話されました。会場は満員。私は2階の一番後ろの席で、耳を傾けながら、時折心地よい眠りに誘いこまれていました。
 初女さんが心を込めて作られた梅干しを使って、おいしく炊き上げたごはんで作られる「おにぎり」。岩木山の中腹にある、憩いの家である、「森のイスキア」へは、この「おにぎり」を求めて訪ねる方は後をたたないとか。私は子どものころ、母が作ってくれた「おにぎり」はしっかり覚えている。でも伝えられたものを、私は伝えたのかと、ふと立ち止まって考えたひとときでした。
午前中は、交通児童館で「ぶっかー」(子ども夢基金助成事業)の11回目を行い、お手玉遊びを楽しみました。にぎにぎ、おはさみ、お手乗せ、お通し・・・と、子どもから大人まで、一緒に輪になって、歌って、繰り返す。新しい遊びを発見して、得意になって披露してくれた坊や。「おっさらーが出来た!」と、興奮して、目を輝かせた小学生。子どもと競争するお母さん・・・。もっともっとこの「お手玉遊び」を生活の中に取り入れたいものです。今日は手が縁の「おにぎり」と「お手玉」のうれしい出会いの一日となりました。
<お願い> 
私はお手玉と歌を併せた「新作お手玉遊び」を考案中です。全国には、どんなお手玉遊びがあるのでしょうか。お手玉遊びについて、情報をお持ちのかた、ぜひお教えください。お待ちしています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年09月20日

彼岸花を見ました。

昼過ぎ、豊橋市中央図書館のまわりで、今年はじめての彼岸花を見つけました。酷暑の後にも関わらず、季節はちゃんとメリハリをつけ、ちいさな秋が始まっているのです。ほっとしました。我が家の狭い庭先のケヤキの大木の傍らには、ゆずの木があり、蝉の抜け殻が今もびっしりとくっついています。その根元からは虫の音。高く上る月の光に誘われるように。耳に届くその音から、自ずと推し量ることができるこれからの秋の深まり。
このところ会う人どなたとも、拉致事件の話となりました。今夏、私は視察で日本海岸を訪れたことも重なり、新聞記事を読む度に涙があふれます。古来、文化を運んだあの海を、13歳の少女が、何の前触れもなく、越えねばならなかったこと。それから今日までの、ご両親の哀しみに対して、私たちは傍観すらしてこなかった!知らなかったとはいえ、「平和」や「人権」の世に生まれたことを幸せと思いこんでいた。「世界全体が幸せにならない限り、私たち一人一人の幸せもない」ことを、今一度心に刻みたい。
*此岸にて生きて!と海に立つ父母に 「少女」は既に彼岸と届く
「心が笑うまちづくり」(2002年行政視察報告書)の、印刷・製本作業が連日南栄ふれあいセンターで進んでいます。ご希望の方にお届けします。どうぞごメールで一報ください。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年09月15日

変わりつつある敬老会

昨夜はつい楽しい計画を次々に立てて、今朝3時まで<まどか文庫>で過ごしてしまいました。おじいちゃんやおばあちゃんが主人公の絵本やお話がいっぱいあるので、今日の敬老会で、紹介したいなと、まるで子どもたちのお楽しみ会に出かけるときのように、次々にアイデアが浮かんだのです。がよくよく考えれば、各町内のお祝いの席へちょこっとご挨拶に伺うだけで、私が何かを披露をする場ではないのです。
今朝になるとさすがに現実的になって、この10月からの医療費改悪の仕組みや、先月校区にオープンした弥生王寿苑のことをお伝えしようと考えを変えました。ところで栄校区は11の町あります。今日は10時から12時ごろにお祝い会が集中していますので、とうてい時間内にすべての町内へ挨拶に回りきることはできません。「来なかったね。」「寂しかったよ。」と、残念がられますので、一寸でも時間をやりくりして会場の玄関まではと、自転車で走り廻りました。結局8町を回り、お元気な皆さんの歓迎を受け、最後は「ボケます音頭」の合唱で締めくくりとしました。
出会った皆さんは、「自分の健康は自分で守ることだ。」「体操、踊り、歌など、忙しい。」「介護保険の施設なんか、関心ない。」と、まあ意気盛んなこと。何度も「頑張れよ!」と、声をかけて下さる方など、短い時間でしたが、校区の皆さんと去年よりまた少し親しくさせて頂いたようです。事務所のある町内の年会費も、4年目にしてやっと請求がきましたし・・・。
例年ですと、この頃はまだ夏の暑さが残り、お世話くださる役員さんたちの食事への気配りは大変なものがあります。今年は過ごしやすい気温でしたので、歩いて帰られる皆さんも、あちこちで立ち話しながら、ゆっくりと足を運んでいらっしゃいました。
 今年の敬老会からは、ただご挨拶に伺うだけのすっきりした仕組みになって、とても助かります。しかし来年の統一地方選を控え、この敬老会の会場が候補者のデビューの場になることを目の当たりにして、私は興味津々でした。豊橋が今もって「校区推薦」の枠が外せず、「村の選挙」の中にある以上、自立したまちづくりへの道を遅らせることになると、以前から指摘されていたことを思い出しました。自立し始めた高齢者の皆さんが、どんなまちを求めるのか?私は、栄校区を「花とリハビリ=福祉のまち」にしたい夢を持っています。その具体的な計画を図にして、皆さんにお見せすることを、今日約束してきました。さあ、楽しい仕事の始まりです。皆さんのご意見も是非お聞かせくださいね。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年09月07日

トンボ舞う空の下で

朝一番に幼稚園の先生方との楽しい交流があり、わらべ歌や絵本で楽しむ。熱心に耳を傾けたくださった若い先生たちの元気な声に送られ、午後は中学校の体育祭へ。大縄跳びの応援には中学生の自分に返って、つい力が入ってしまった。クラスがひとつになって・・・という場面では、いつも胸が熱くなる。トンボ舞う運動場を途中で失礼して、愛大で行われた有機農業の講演会へ。講師は新城市の松沢政満さん。いつも何かと教えていただくことは多かったのに、しっかりお話しを聞くのは初めてだった。農業・農村の活性化は有機農業の視点でと、「土からのメッセージ」「心を耕す農業を!」と話された。豊富な実例は説得力抜群でびんびん伝わってきた。教室を埋め尽くした人は100人を超え、試食を控えていたにもかかわらず、時間延長する熱気いっぱいの会でした。夕方からは、東細谷へ車で。10月3日の映画「水の女」の実行委員と監督との交流会に参加。一品持ち寄りのため、しめじご飯、漬物を持参。岐阜、名古屋からの参加者と豊橋の仲間たちとの交流会は、星空の下で。お酒が回るほど冴え、議論が弾む。話題は尽きない。聞く一方の私は、飽きることはなかった。直接の出会いと、生の言葉のやりとり。なぜか新鮮だ。仲間の世界の発見が続くのも楽しい。延々と続く会を、私は深夜に失礼してきた。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年08月20日

台風一過。初秋の朝

強い台風13号も、恵みの雨をもたらして去りました。早朝の夜空にはたくさんの星と冴えた月。そして日が昇ると、もうすっかり秋の風。そういえば朝方の空からけたたましく降ってきていたセミはいつの間にか鳴りをひそめ、夕暮れから夜にかけ、足もとから届く虫の音にほっとするこの頃です。
 昨日は議会運営委員会が開かれ、いよいよ9月議会の始まりです。今年の夏、私は6時間の睡眠の確保、食事、自彊術(体操)による健康管理を心がけました。休憩の先取りです。来年4月には統一地方選を控え、正月過ぎれば休みなしの毎日が待っていますから。 夏ばて退治には、秋のおいしい野菜と果物で。この頃になるといつも「青菜出回り、医者青くなり」の諺を思い出します。今夏、私はニガウリの料理を楽しみましたが、体を冷やすウリ類に変わり、畑では、大根・白菜の抜き菜がそろそろ。カナダのリジャイナでは、夏から一気に冬へ。もうコートがいる毎日と便りが届きました。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年08月12日

住基ネット11桁通知明日以降届きます!

8月5日稼動の住基ネット上のあなたの11桁の番号は、明日13日以降、あなたのもと(正確には、世帯宛)に送られてきます。豊橋市では、「豊橋市電子計算組織に係る個人情報の保護に関する条例」(昭和61年)のもと、「豊橋市住民基本台帳ネットワークシステム管理要綱」(全7章25条)と、「豊橋市住民基本台帳ネットワークシステム緊急時対応計画書」を準備。市長は去る8月6日の定例会見で「漏えい発覚した場合、即座に切断、送信停止」と、明らかにしました。
 私は11桁を使う利便性以上に、「電子情報」のあり方にさまざまな問題ありと考えます。カード化される来年夏までに、十分に議論し、一人一人が判断する時間が必要です。30年前、私は国民総背番号制の問題が浮上したとき以来不安感を引きずってきました。今、確実に「前進」してきているこの流れに、はっきりNO!と言う、最後のチャンスと考えています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年07月31日

ヨコタ博物館

今日は午後、視察報告書作成の仕事が一段落したので、半日夏休みと、作手村までドライブしました。ヨコタ博物館へ寄り、横田館長、職員の加藤さんともゆっくりお話しができラッキーでした。
横田さんが東南アジアの歴史的文化遺産の流出を止めんと私財をかけて収集された1万点もの陶磁器や民族衣装の安住の地を、この豊橋からその後豊川ついに作手へと求められたことはよく知られています。
私たちは、アジアの一員として、ここに収められたタイ、カンボジア、ミャンマーの文化に、居ながらにして触れる機会をもっともっと活用すべきと思いました。これらの国々へ出かけても、決して見ることができない貴重な逸品ぞろいです。総合学習や平和学習、国際教育、民族芸術などの観点からも、今後ますますこの博物館の意義は高まるとを願っています。
戦争で破壊された史跡のニュースがまだ私たちの記憶に新しい今、こうした文化に触れることひとつをとっても、アジアの平和につながることを確信します。横田館長は、「文化は世界の宝として、守れるところで守る。」と、今日までを振り返って、静かに話されました。
作手では、鷺草が咲き始めました。桃源郷・作手村へぜひ今年の夏はお出かけください。ヨコタ博物館は、火曜日がお休みです。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年07月26日

ミニ集会in弥生町

暑さが和らぎ始めた3時半頃。海老沢さんのお宅で、ご近所の皆さん5人にお目にかかりました。お仕事や家事の時間をやりくりして駆けつけて下さった、貴重な2時間。私は最新の議会活動の一端を報告。豊橋市歌を歌う余興から、皆さんの話題は教育、福祉と巾広く、次々に広がりました。高齢者の方を中心とする、地域での食事会を具体化したいと、前々から考えていた方が多かったので、富山で視察したばかりの、デイケアハウス「にぎやか」「このゆびとーまれ」の報告に熱が入りました。
豊橋市が進めている、地域福祉と健康のまちづくりのために、どのように官民の共働が必要か、そのはじめの一歩が見えてきたようです。
 今年のミニ集会は渥美半島から始まり、今後は障害児を持つお母さんや、食、子育てなどのテーマで活動中のグループの皆さんからもお声を聞かせていただくことになっています。8月は市外への移動を少なくして皆さんからのお誘い&お出掛けをお待ちしています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年07月19日

渥美の熱い仲間たち

去る7月14日、田原のりこクラブと渥美の皆さんの合同の集いに招かれました。江比間のどろんこ村のレストランは、12人の元気な声ではちきれそう。とに角熱しやすく、冷め難い皆さんは、それぞれの活動の歴史を語り出したら止まらない。渥美半島の文庫活動から田原の図書館づくりまでの大うねりの後は、北山郁子先生から性教育について私たちへの質問が次々と飛びました。男女共同参画社会へ向けて、必ず通らねばならぬ道=人権を再確認。お楽しみのピアノ演奏は、田原在住の藤城敬子さん。3年間のハンガリーでの留学を終えられ、活躍がおおいに期待されているピアニスト。力あふれる演奏で、励ましてくださいました。
 今年度の初集会は大成功。今後は家庭ミニ集会へお邪魔しながら、皆さんのお話しを伺う予定です。どうぞご一報ください。(電話&ファクス:0532ー48−1203)


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年07月07日

資料の山が続々と

1週間の視察の間に、豊橋の事務所宛に宅急便を3度送った。(視察先でいただいた資料を2回と、最終日にはスーツケースを。お陰で午後8時過ぎの帰豊時間まで、フルに動きまわることができた。)その3便とも今日までにすべて到着。宅急便を開ける前に、まず留守中のメール、郵便、ファクスの整理や、電話かけ。視察でいただいた資料の山をまず大きな一山に。名刺を整理しながら、視察先への礼状を書く。早くも届いた追加資料へのお礼と、約束してきた資料の送付と、ふれあいセンターの丸テーブルはごった返したが、切りをつけては、この週末の両日、向山方面での楽しい行事に参加した。6日は、交通児童館での、子どもゆめ基金助成事業の「ぶっかー」(絵本、わらべうた、てづくり)。7日は、ふんけんクラブの演奏会(男性コーラスとバイオリン演奏)。どちらも心底楽しみ、視察ボケ(?)を、平常に戻すことができたので、今夜は一気に視察会計報告書を作った。次は「視察報告書」の作成にとりかかるが、「資料」が豊橋に馴染むまで、ちょっと休んでもらうことにしよう。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年06月16日

「て〜ぶる6号」編集

議会報告「て〜ぶる」を新聞折込して、一年たった。市民派議員仲間の多くが勧めてくれたこともあり、2年目も試行することに。議会が終わると、どっと会議や活動が集中する。議会資料が手元にあるうちに、報告を入力。一番ホットな情報をB4両面にまとめるため、今日は朝から事務所で突貫作業。午後来客2人。元気付けに一寸寄って下さったが、血相抱えている私を見て、さっと帰られた。夕方、レイアウト第一段階、どうにか終える。日本語のチェックをお願いしている方にファクス。予定通りいけば、18日印刷所、22日には出来上がる予定。さて、これで今夜は、とっておきの夜を過ごせる。パセリ企画の最終回中山一朗リーデイングは、8時から。夕食後、でかけてもゆっくり間に合う。雨はふっていない。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年06月13日

伊藤ひろしおじさんの思い出

「ちいちゃい ちいちゃい」(イギリス昔話)がお得意のおじさんを、初めて岐阜市長良へお迎えしたのは、まどか文庫開設間もない昭和46年でした。去る4月6日には文庫30年写真展で、懐かしい黒髪のおじさんの写真を見て、私たちの思い出が決して色あせてはいないねと、話し合っていたところでした。近年は、ご病気のため、ご家族と過ごされることが多く、お世話になったもの同士で、知りえたおじさんの近況を報告しあっていたところへ、去る5月5日に旅立たれたとの報告が届きました。名古屋市立西図書館長を経て、地域活動に情熱をささげられていた黄金の日々を、私たちはまるごとご一緒させていただいたのです。おじさんの願いが届いたかのように、まどか文庫の30年記念事業のひとつである、おでかけ文庫が、今月15日から始まります。これは、今年のゆめ基金助成対象事業(国立オリンピック記念青少年総合センター所轄)となり、一年間で22回、土曜日の午前、市内の子どもたちに、絵本とお話しを届けることになっています。おじさんが子どもたちを楽しませてくださったことを、引き継ぐ事業になる事を願っています。おじさんには、昭和58年、向山に図書館分館をと議会請願をした折にも大変お世話になりましたが、この経験は今、さまざまな市民活動の中に生かされています。子どもたちに慕われ、私たちが信頼していた大先輩とのお別れで、いよいよ私たちが、バトンをしっかり受け取って活動する時と心を引き締めています。


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年06月12日

一気読み!『88歳、8万キロを目指して』

出ました!スタン・ジャクソンさんの本が。去る4月10日、自転車の旅の途中で豊橋を訪問され、市役所での交流会と市民歓迎会で存分に彼の魅力を知った私たちが、心待ちにしていた本が、出版社より市役所に届いていました。表紙は朱赤。元気色。本を開いたとたんに、真っ先に飛び込んできたのは、宗川元章先生とジャクソンさんの写真。一瞬先生がまだ生きていらっしゃる気がして、涙が出そうになりました。議運の終了後、まっしぐらに事務所へ。(帰りに宗川先生のお宅に伺おうと思っていたのに・・・)午後は私がひとりで留守番なのを幸いと、2時過ぎから、丸テーブルに向かいました。300余頁と厚めなのに、開きが優しく、その上376gと軽い。写真が満載。こよなく日本を愛し、健康を地で行くジャクソンさんの言いたかったことが満載。訳文のこなれが良く、すいすいと読み進む。自転車旅行で訪問された国々で、経済を切り口に幸せの条件をさぐるジャクソンさんの目線に引き込まれていく。読んで欲しいなと思う人の顔が次々に浮かんでくる。小学生から、楽しめる自転車旅行記、環境=調和理論に始まり、教育、国際交流、道路行政、高齢者福祉問題、健康施策・・・と、どの切り口も、分かり易い。数々の自転車旅行の記録も、失敗を含めて、ありのままに書かれている。繰り返し「調和」や「挑戦」の考えが、彼の生き方そのもので、自然体で伝わってくる。午後から夕方にかけて珍しく来客、電話もなく、一気に読みきることができました。今日は偶然がいくつも重なりました。雨上がりの朝、6月議会も今日の議運と明日の本会議を残すのみとなり、ほっとしたことも手伝って、私は久々に自転車で市役所へ。ジャクソンさんの本をかごに入れ、戻ったところへ、香しいチューリップ型の黄色の蘭(ラ・シンフォニ皇帝)を今年は、いつもより1ヶ月も早く、岩瀬オーキッド(蘭園)から届けて頂きました。調和の旅豊橋歓迎会の日、黄色のベストのジャクソンたち一行に私たちが準備したのは、黄色のばらのコサージュでした。偶然の重なりが、今日もまた続いたことになります。今日の幸せな出会いを、皆さんと一刻も早く分かち合いたい思いでいっぱいです。蘭の香りだけがお届けできず残念です。
***「88歳、8万キロを目指して」スタン・ジャクソン著/永松三千生訳(清流出版 2002年6月11日初版¥1500税)***


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム

2002年06月10日

星先生健康講座申込締め切り迫る

「健康づくりで生涯現役」
 講師:星 旦二氏
 [都立大大学院都市科学研究科教授]
都行政、保健所、国立公衆衛生院等
勤務され、健康日本21計画策定検
討委員会委員歴任。医学博士。     
公衆衛生学、政策決定学、予防医学。
 と き:6月30日(日)
     13:30〜15:30
 ところ:豊橋市役所講堂(13階)
 参加申込は、6月13日までに葉書で。
 440−8501市役所健康課御中
 住所、氏名、生年月日、電話番号。
 問い合わせ:0532−51−2384 

     
 南栄ふれあいセンター界隈の朝が始まるのは午前2時過ぎ。牛乳屋さんの音は絶えて久しいが、新聞屋さんは3時過ぎから、自転車とバイクで走り回る音。渥美線の豊橋行き一番電車が通るとすでに5時半は過ぎている。7時半頃になると、通りの商店街にそって車の列が続き、一日の初めのピークを迎える。朝日を浴びている花に水をかける。朝一番の、私の楽しみの時間。待っててねと言いながら、センターをぐるりと囲む花と植物にたっぷり水をかける。
 「あ〜、またこんなに・・・・。」南栄駅まで1分のセンター前は、駅に急ぐ人が一服、駅から降りた人が一服と吸ったたばこが捨てられるポイントになっているようだ。拾うごみの中で、一番気になるのがこのたばこの吸殻。口にしたものを、ポイポイ捨てる神経がまず許せない。たばこは嗜好品なので、吸う吸わないは、「人前」でない限り、自己責任の範囲と考えるが、「吸って、吸って、税金納めてるもんね!」と息巻かれると、つい言いたくなる。たばこ由来の病気、たばこの煙を周辺で吸わされている側が受ける苦痛、被害をどの位ご承知かと。また排煙のための施設が庁内でも各階、各部屋に施されているが、どうして「たばこ」ばかりが優遇されるのか。
 子ども、女性の喫煙に、早々に手立てを講じなくてはならない。成長と出産に与える影響は明白だからだ。豊橋市はたばこの生産地を控えているため及び腰。それでも「健康とよはし」施策の中に、たばこの項目があることに拍手を送りたい。たばこのどんなささやかな煙でも、てきめんに反応してしまう私は、できる限り煙から避難することで防衛してきた。それが限界と知ったのは、7年前。もうもうとする煙の中で進められる議会[議場での本会議以外の委員会]。私は青ざめ、咳き込んでも、吸わざるを得なかった1年間の苦しさ。
 慣れた人には何でもないこの煙が、とてつもなく辛いものだと、声に出すことがきるまで時間がかかった。幸い世の流れが味方して、翌年から会議中は禁煙となった。当然のことなのに、こうしてまかり通る「男社会」のひとつひとつを挙げるなら、議会はまさに宝庫である。
 私がたばこの害について、自信を持って議会で議論できるようになったのは、健康施策について、星 旦二先生(都立大)の講義を受けてからです。その星先生が豊橋で講演されます。禁煙を願っている方、喫煙の害や、たばこと健康問題について関心のある方、お見逃しなくご参加を!絶対にお勧めの講演会です!!
 先生の著書2冊、ふれあい図書室に常備。お貸します。
@あなたのまちの健康づくり
 (新企画出版社)
A都市の健康水準
 (東京都立大学出版会) 


▲トップページへ戻る
posted by 渡辺のりこ | コメント(0) | 日記・コラム
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。